『孔子家語』現代語訳:五儀解第七(2)

孔子家語・原文

公曰:「善哉!非子之賢,則寡人不得聞此言也。雖然,寡人生於深宮之內,長於婦人之手,未嘗知哀,未嘗知憂,未嘗知勞,未嘗知懼,未嘗知危,恐不足以行五儀之教,若何?」孔子對曰:「如君之言,已知之矣,則丘亦無所聞焉。」公曰:「非吾子,寡人無以啟其心,吾子言也。」孔子曰:「君入廟如右,登自阼階,仰視榱桷,俯察機筵,其器皆存,而不覩其人,君以此思哀,則哀可知矣;昧爽夙興,正其衣冠,平旦視朝,慮其危難,一物失理,亂亡之端,君以此思憂,則憂可知矣;日出聽政,至於中冥,諸侯子孫,往來為賓,行禮揖讓,慎其威儀,君以此思勞,則勞亦可知矣;緬然長思,出於四門,周章遠視,覩亡國之墟;必將有數焉,君以此思懼,則懼可知矣;夫君者、舟也;庶人者、水也。水所以載舟,亦所以覆舟,君以此思危,則危可知矣。君既明此五者,又少留意於五儀之事,則於政治何有失矣!」

孔子家語・書き下し

公曰く、「善き哉。子之賢に非ざらば、則ち寡人此の言を得て聞かざる也。然りと雖も、寡人深宮之內に生まれ、婦人之手に長じ、未だ嘗て哀を知らず、未だ嘗て憂うるを知らず、未だ嘗て労(ついや)すを知らず、未だ嘗て懼れを知らず、未だ嘗て危きを知らず。以て五儀之教を行うに足らざるを恐す、若何」と。孔子対えて曰く、「君之言が如きは、已に之を知る矣(なり)。則ち丘亦いに聞く所無き焉」と。公曰く、「吾が子に非ずや、寡人以て其の心を啓く無し、吾が子言う也」と。孔子曰く、「君廟に入りて右の如くせん。阼階自り登りて、榱桷を仰ぎ視、機筵を俯き察、其の器皆存りて、而て其の人を覩ず、君以て此れ哀を思わば、則ち哀知る可き矣。昧爽、夙に興き、其の衣冠を正し、平旦に朝を視、其の危難を慮い、一物の失わるるの理、乱亡之端、君此を以て思い憂わば、則ち憂知る可き矣。日出でて政を聴き、中冥に至り、諸侯の子孫、往来して賓と為り、礼を行い揖譲し、其の威儀を慎まば、君此を以て労しを思わば、則ち労し亦いに知る可き矣。緬然として長く思い、四門を出で、周章して遠く視、亡国之墟を覩す。必ず将に数有り焉、君此を以って懼を思わば、則ち懼知る可き矣。夫れ君者、舟也。庶人者、水也。水舟を載す所以にして、亦いに舟を覆す所以ねり。君此を以て危きを思わば、則ち危知る可き矣。君既に此の五者を明かにせり、又た少し意を五儀之事に留まば、則ち政治に於いて何か失有らん矣」と。

孔子家語・現代語訳

〔承前〕

哀公が言った。「よろしい。賢明なそなたがいなければ、私はこの話を聞けなかっただろう。しかし私は後宮の奥深くに生まれ、婦人の手で成長し、まだ哀しみを知らない。まだ憂いを知らない。まだ苦労を知らない。まだ恐れを知らない。まだ危機を知らない。だから五種の見分けができないのではと思う。どうだろう。」

孔子が答えて言った。「殿がそう仰せなら、すでにご存じだと思います。私はこれ以上知るところはありません。」哀公が言った。「そなたは我が師匠ではないか。話してくれねば分からない。言ってくれ。」

孔子が言った。「殿は祖先祭殿に入って、次のようにして下さい。階段から上って、たるきを仰ぎ見、座卓と座布団を見下ろして、道具は全部揃っているのに、そこにいるべき人がいない。こうして人を失う悲しみを知れば、すぐさま哀しみは知れるでしょう。

早朝に起きて、衣冠を正し、夜明けに家臣を引見し、その様子から国の危難を思い、何かが失われる道筋や、動乱の始まりを見定めようと願えば、すぐさま憂いは知れるでしょう。

日が昇って政治をとり、午後になって諸侯の子孫が国賓としてやってきて、礼儀を取り交わす際に威儀を失わないよう心掛ければ、すぐさま苦労は知れるでしょう。

長い時間がすでに過ぎ去りこれから過ぎゆくのを思い、宮殿の四方の門を出て、歩き回りながら遠くを見て、滅んだ国の歴史を思えば、必ずいくつか例を思いつくでしょう。殿がそれを思えば、すぐさま恐れは知れるでしょう。

そもそも君主は舟で、庶民は水です。水が舟を載せるのであって、その気ならただちに覆します。殿がそれを思えば、すぐさま危機は知れるでしょう。

これで殿の五つの疑問は晴れました。加えて五種の見分けに少しでも心を注げば、政治に失敗などあり得ません。」

孔子家語・訳注

榱桷:たるき。

機筵:幾案(座卓)と座布団。

昧爽:払暁。

平旦:黎明。

中冥:午後。

緬然:長く遠いさま。

周章:ゆっくりとめぐる・散歩する。慌てる。

孔子家語・付記

思案中

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