『孔子家語』現代語訳:好生第十(6)

孔子家語・原文

1

魯人有獨處室者,鄰之釐婦亦獨處一室。夜,暴風雨至,釐婦室壞,趨而託焉,魯人閉戶而不納。釐婦自牖與之言:「子何不仁而不納我乎?」魯人曰:「吾聞男女*不六十不閒居。今子幼,吾亦幼,是以不敢納爾也。」婦人曰:「子何不如柳下惠然?嫗不逮門之女,國人不稱其亂。」魯人曰:「柳下惠則可,吾固不可。吾將以吾之不可、學柳下惠之可。」孔子聞之,曰:「善哉!欲學柳下惠者,未有似於此者,期於至善,而不襲其為,可謂智乎。」 *和刻本、四部叢刊初編により「男子」→「男女」

2

孔子曰:「小辯害義,小言破道。《關雎》興于鳥,而君子美之,取其雄雌之有別;《鹿鳴》興於獸,而君子大之,取其得食而相呼。若以鳥獸之名嫌之,固不可行也。」

孔子家語・書き下し

1

魯人に獨り室に處る者有り。鄰之釐婦やもめ亦た獨り一室に處れり。夜、暴に風雨至りて、釐婦の室壞れ、趨り而も、魯人戶を閉じ而納れ不。釐婦まど自り之與言う、「子何ぞ仁なら不し而我を納れ不る乎」と。魯人曰く、「吾れ聞けり、男女六十なら不らばまじわり居ら不と。今子幼くして吾も亦た幼し、是れ以て敢えて爾を納れ不る也」と。婦人曰く、「子何ぞ柳下惠の然る如から不るや。門に逮ば不る之女をいだきて、國人其の亂れをことあげせせ不ず」と。魯人曰く、「柳下惠則ち可なるも、吾れ固より可なら不。吾將に吾之可なら不るを以て、柳下惠之可なるを學べり」と。孔子之を聞きて曰く、「善き哉。柳下惠に學ばんと欲する者は、未だ此於似たる者有らず。善に至るのぞみ、し而其の為せるを襲わ不るは、智と謂いつ可き乎」と。

2

孔子曰く、「小さきわきまえは義しきを害い、小さき言は道を破る。關雎は鳥于興り、し而君子之を美しとす。其の雄雌之別有るを取ればなり。鹿鳴は獸於興り、し而君子之を大となす。其の食を得而相い呼ばわるを取ればなり。若し鳥獸之名を以て之を嫌わば、固より行う可から不る也」と。

孔子家語・現代語訳

1

魯に一人住まいをする男がいた。隣に一人住まいの未亡人がいた。ある夜、急に風雨が激しくなって、未亡人の家が壊れた。未亡人が走って隣家の男に助けを求めると、男は戸を閉ざして入れなかった。 未亡人が窓から言った。「なぜ入れてくれないのです。」 男「六十になるまで、男女は同居してはいかんと聞いている。私もあなたもまだ若い。だから入れるわけには行かない。」 未亡人「あの柳下恵様のようにはしてくれないのですか。門限に遅れた女を一晩抱いて温めたのに、国中誰もみだらだとは言いませんでしたが。」 男「柳下恵様ならよろしいが、私はダメだ。ダメだからこそこうやって、柳下恵様が抱いて非難されないことわりを学ぶのだ。」 孔子がこの話を聞いて言った。「まことによろしい。柳下恵どのに学んだ者で、このように振る舞った者はまだいない。究極の善事を行おうとして、その真似をしないというのは、智恵ある者だと言ってよろしい。」

2

孔子が言った。「チマチマした小知恵は、正しい行いを不発にしてしまう。チマチマした小理屈は、正しい道を閉ざしてしまう。 『詩経』の”ミサゴ”の歌は鳥を歌ったものだが、教養ある君子はよい歌だという。オスメスのけじめをきちんと付けているからだ。”鹿が鳴く”の歌はけものを歌ったものだが、教養ある君子はすばらしい歌だという。食べ物を独り占めにしないで仲間を呼ぶからだ。 もし鳥や獣の歌だからと言ってケチを付けるなら、ここまで流行りはしなかっただろうよ。」

孔子家語・訳注

1

釐婦:未亡人。「釐」は”おさめる・整える”が原義で、清代の国内関税を釐金というが、”やもめ”の意がある。

暴:「にわかに」と読んで”急に”。

託:(身を)寄せる。

牖:まど。

男女不六十不閒居:男女は六十になるまで同居しない。「間居」は”ひま。静かな暮らし”のことだが、ここでは「間」を”まじわる”と解し、”同居”と訳さないと意味が通じない。

柳下惠:孔子が生まれる70年前に世を去った、魯国の貴族。都城の門限に遅れた女性(不逮門之女)を一晩抱いて凍えから守ったが、誰も怪しまなかったという伝説がある。

子夏家貧,衣若縣鶉。人曰:「子何不仕?」曰:「諸侯之驕我者,吾不為臣;大夫之驕我者,吾不復見。柳下惠與後門者同衣,而不見疑,非一日之聞也。爭利如蚤甲,而喪其掌。」

子夏は家が貧しく、毛の抜けたウズラのようなボロをまとっていた。ある人が「なんで職に就かない?」と尋ねた。

子夏「私をバカにする殿様には仕えない。バカにする家老には会わない。柳下恵は門限に遅れた女と一晩二人羽織をしたが、疑う者はおらず、その噂はただ一日だけのことではない、今なお名高い。君のように爪の先のような利益にあくせくしていると、手の平ごと失うことになるぞ。」(『荀子』大略篇)

「働いたら負けかなと思っている」。見事なneet魂だ。

襲:あとを継ぐ。真似をする。

2

關(関)雎:『詩経』所収のミサゴの歌。詳細は論語八佾篇20を参照。 鹿鳴:『詩経』小雅所収の歌。

呦呦鹿鳴、食野之苹。我有嘉賓、鼓瑟吹笙。 吹笙鼓簧、承筐是將。人之好我、示我周行。 ユウ呦と鹿鳴き 野のよもぎを食む 我にめでたまろうど有り 瑟をき笙を吹かん 笙を吹きふえき 筐を承げて是にすすむ 人の我をよみし 我に周行よきみちを示せ 呦呦鹿鳴、食野之蒿。我有嘉賓、德音孔昭。 視民不恌、君子是則是傚。我有旨酒、嘉賓式燕以敖。 呦呦と鹿鳴き 野のよもぎを食む 我に嘉賓有り 徳音はなはだ昭らかなり 民を視てうすからず 君子是れ則り是れ倣う 我に旨酒有り 嘉賓もっくつろぎ以てあそべ 呦呦鹿鳴、食野之芩。我有嘉賓、鼓瑟鼓琴。 鼓瑟鼓琴、和樂且湛。我有旨酒、以嘉樂嘉賓之心。 呦呦と鹿鳴き 野のよもぎを食む 我に嘉賓有り 瑟を鼓き琴を鼓かん 瑟を鼓き琴を鼓き 楽に和みて且つたのしまん 我に旨酒有り 以て嘉賓の心を燕ぎ楽しめん

帝政時代の中国で、皇帝が客を接待する際に歌われたとされ、宮崎市定『科挙』によると、科挙の最終試験に合格した者は、この歌が歌われる宴会でもてなされるという。日本の恥ずかしい鹿鳴館も、ここから名前を取ったことになっている。
ビゴー 鹿鳴館

孔子家語・付記

1は『詩経』小雅・巷伯の毛伝(毛亨の作と伝えられる注釈)にあるとされる。 『詩経』小雅・巷伯の毛伝 武英殿十三経注疏本『毛詩正義』該当部分。クリックで拡大。 2は『淮南子』泰族訓に見える。

孔子曰:「小辯破言,小利破義,小藝破道,小見不達,必簡。」河以逶蛇,故能遠;山以陵遲,故能高;陰陽無為,故能和;道以優遊,故能化。 孔子が言った。「チマチマした小知恵は正しい言葉を無駄にし、チマチマした利益は正義を台無しにし、チマチマした技は道を踏み外させ、チマチマした考えは行き詰まる。おおざっぱで行きなさい」と。 大河はうねりくねるからこそ遠くまで流れ、山は段々と低くなるからこそ高い。陰陽は何もしないからこそ釣り合いが取れ、道家の教えはおおざっぱだからこそ人のためになる。

また現在では散逸した『孔子三朝記』の抜き書きと言われる『大載礼記』の、その名もズバリ小弁篇にも見える。

公曰:「不辨則何以為政?」子曰:「辨而不小。夫小辨破言,小言破義,小義破道,道小不通,通道必簡。」 魯の哀公が問うた。「小ヂエを回さずに政治を行えとそなたは言うが、智恵で判断を下さないで、どうやって政治を取ればいいのだ。」 孔子「智恵を回すのはよろしいが、小ヂエがいかんと言うのです。チマチマした言葉は正義を損ない、チマチマした正義は正道を損ない、チマチマした道は行き詰まる。行き詰まらない道というのは、必ずおおざっぱです。」

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